マレーシアの2大タクシーアプリの起業家Travis KalanickとAnthony Tanのストーリー


ビジネス系メディアなどを通し、アメリカのスタートアップに関するIPO、大規模資金調達などの大きな成功に関するニュースが伝えられていますね。大きな成功の影では、大きな失敗談も数え切れないほど存在するんです。失敗繰り返したり、社会に役立つやりがいなど、自分のビジョンをブレずに成功へとたどり着いた創業者たち。
今回は以前、紹介したタクシー配車サービス「Uber」と「MyTeksi」の創業者の起業家ストーリーを、みなさんにも紹介したいと思います。


Uber ファウンダーのTravis Kalanick

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2009年から年に1度サンフランシスコで行われるイベント、カンファレンス”Failcon”は、「数々の失敗ケースから学び、成功に繋げる」がテーマ。
そのイベントのプログラムは、多くの試練を乗り越え成功した起業家、投資家を中心に「役立つ失敗談」をスピーカーセッション、パネルディスカッションで構成されます。
Uber ファウンダーのTravis Kalanickの2011年Failconでのスピーチはコチラ↓

Uberとは、サンフランシスコに本社があるスタートアップ。
スマホから気軽にリムジンをタクシー感覚で利用でき、予約から支払いまで行えるサービスです。手軽さと便利さで人気を得て、成功企業の1つとして数えられています。

『Uber Case Study』彼のスピーチタイトル。
Uberが成功に至るまでに経験した失敗談かと思えば、全く違う内容。

「Uberは失敗ケースではありません。今日は、Uberを始める前に僕が過去10年間で経験して来た内容を話したいと思います。」

と彼は切り出しスピーチが始まりました。

多くの失敗経験を持つ起業家はたくさんいますが、自身が「世界中で最もラッキーでは無い起業家」と自負しているように、Travisはあのジョブスと同じくらい多くの厳しい修羅場をくぐり抜けてきた起業家です。

Uberのサービス、使い方に関する記事はコチラ↓

マレーシアで必須のアプリ!【Uber:ウーバー】アメリカ発の配車サービス
http://tellme-malaysia.com/help/388

マレーシアで必須のアプリ!Uber:ウーバーの使い方
http://tellme-malaysia.com/help/841

 

驚きの失敗歴

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自身の投資家に訴えられる

90年代後半の第一次ドットコムバブル、UCLAに在学中に友人とP2P系のサービスを立ちあげました。時流に乗って、LA地域の大物投資家から投資を受けたのですが、契約書をよく読まずにサインをしてしまったのです。他の投資家に事業の話をしてはいけない旨の条項に反したという疑いで告訴をされました。その翌日、Wall Street Journalにそのニュースが記載されて会社の評判は最悪になり、投資家は怖い人達だという事を学んだそうです。

私がこのスピーチを見ていてすごいと思ったことは、スピーチ中、Travisが「初めに訴えられたのは・・・」と訴えられた理由をすでに忘れてしまっているのはさすがだと思いました。

主要エンタメ企業33社から合計$250Bの訴訟

提供していたのがNapsterと同系のP2Pファイルシェアサービス(ユーザー同士が音楽や映画のファイルをネット上で交換可能にする)だったことから、2000年にアメリカ国内エンターテイメントコンテンツ提供企業の合計33社からコピーライト違反の疑いで2,500億ドルの訴訟を受けた。賠償金が払えないので、会社更生法を申請。
その後、破産申請を取り扱う裁判所にて、会社及びサービスを合法的に手放す為、買収のためのオークションを実施し、30分以内で会社が売却されました。

ネットバブル崩壊後、ネットワーク系の会社を立ち上げる(2001年)

上記のテクノロジーをベースに訴訟を起こした33社への”復讐”をするために、メディア系企業がユーザーとなるサービスを提供するRedSwoosh社を設立。ですが、ネットバブル崩壊直後だったこともあり、誰にも相手にされず日銭を稼ぐためにコンサル業務を行いました。ある有名投資家に「ネット系ビジネスは終了した。全ての イノベーションは出尽くした。」と言われたそうです。

共同創業者の裏切り

投資を検討してもらっていたSONY Ventures社に共同創業者(Co-founder)が隠れてメール。
そのメールの内容は「どうせこの会社はうまく行かないので、僕とエンジニアを雇ってくれないか。」後日そのメールを見つけた時は、足元が崩れる思いをしたそうです。
その後、共同創業者をクビにし、後に財務を担当してた彼が会社の税金をごまかしていた事も発覚アメリカ連邦政府へ税金未納の罪で刑事訴訟寸前まで発展。

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滞納分の税金と従業員の給料の為に奔走

税金未納の罪で実刑になるのを防ぐ、そして7人の従業員の給料も3ヶ月滞納していた為、必死になって投資家に出資を頼み込みました。やっとの思いで、非常に不利な条件で$300Kの資金調達をしたけれども、税金と給料を支払い、残ったのは$90K。会社を存続させるため、従業員はパートタイムになり、その後も会社存続のために常に資金調達に追われていました。

Microsoftからの買収オファー

開発していたシステムに対し、Microsoft社がWindowsへの組み込みを検討し、会社の買収を持ちかけてきますが、直前まで金額が明かされず。非常に興味があると散々じらされ、最終打ち合わせ当日に初めて公開された契約書に記載されていた金額は、たったの120万ドル。
90万の負債があったので、実質30万ドルの買収オファーになってしまう事から打ち合わせは10分で終了し、破談に。

Twitterで届いたメッセージ

資金難に直面したため、1人を除いた全てのエンジニアが会社を去りました。その後、カンファレンスに参加中、Twitter経由で初めて届いた最後の1人のエンジニアからのメッセージは、140文字で綴られた退職願。「今までありがとうございました。僕はGoogleに転職します。さようなら」彼をGoogleへ引き抜いたのは、裏切りでクビにした共同創業者でした。

エンジニアの辞職で商談決裂

エンジニアが会社を去り、最後の1人からも退職願が届いて…ということと同じ時期に、年間100万ドルのディール交渉をAOLと行っていました。順調に進み、契約書の最終調整を行っていた矢先のこと、全てのエンジニアが退職したという事実がメディアによってタレ込まれ、ディールが破談に。

エンジニア不在

2005年頃、資金難が理由で社内のエンジニアが不在に。知人の紹介で変わり者のエンジニアに必死でしがみつき、仕事を依頼するも、彼にも本職があり、手伝ってくれるのは火曜と木曜の午後10時以降のみ…。

経費削減のためにタイヘ移住を

自分たちで安価なオフショアを実現するために、生活費の安いタイへ2ヶ月間の移住をする”セルフ・オフショア”をしました。その影響か、100万ドル出資していた大口投資家が投資の打ち止め、投資額返却を要求。それを補填する為に、既存投資家、新規投資家、商談中クライアントを含む4社同時契約を行い気が狂いそうに…

10年間、自分への給料はゼロ

投資家に騙され、大手企業からの訴訟、共同創業者の裏切り、資金調達に奔走していた10年間。自分への給料を全く払うことが出来ませんでした。その間、両親と住み、食事はカップ麺。もちろん彼女なんてできることも無く…そんな日々を10年間過ごしてきたんです。

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その後、彼の会社RedSwooshは、2007年にライバルのAkamai社へ2,300万ドルでバイアウトを成功させました。Travisが言うには、これまでの苦労を考えると、現在のUberにおける多少の試練は、子どもの遊びのような感覚だそうです。数々の修羅場をくぐり抜けてきて、それでも自分のビジョンを信じて諦めずにきた彼には、最大限の敬意を表しても良いでしょう。

プレゼン後の質疑で、「もし10年前に戻れるとして、今説明頂いた数々の苦労をしなければならないと分かっていたとして、あなたはそれでも会社 を始めますか?」という質問に対して、Travisの一言。

「当たり前じゃないか。色々あったけど、最終的には$23mでExitしたんだぜ!」

その時の彼の目浮かべられた涙が全てを物語り、10年間でお金では買えない物を手にしたように思えました。

マレーシアのタクシー業界を一変 Anthony Tan

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マレーシアのタクシー業界を一変させたタクシー予約アプリ『My Teksi』
乗車拒否や運転手が怖い…など安全なタクシーを捕まえるのが困難だったマレーシアのタクシー業界を一変させたのがタクシー予約アプリ『My Teksi』です。

My Teksiについての記事はこちら↓
マレーシアで必須のアプリ!タクシー予約 【My Teksi】通称:マイタクの使い方
http://tellme-malaysia.com/help/361

MyTeksiは、Anthony Tan(アンソニー・タン)とHooi Ling Tan(フィ・リン・タン)がハーバードビジネスプランコンペティションで2位を受賞後、マレーシアに帰国し2012年に創業しました。

『My Teksi』は友人の一言がきっかけ

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Anthonyの実家は、祖父の代から日産車の組み立て、販売を手掛けるタンチョングループの創業家、とても裕福な家柄でした。家業を手伝ったり、投資銀行に勤めて良い給料を貰ってはいたものの、やりがいを見出せずにいたと言います。
そんな時にインドネシア出身の友人に、「マレーシアのタクシーは酷い、何とかするのが君の仕事だ。」と言われたのが『My Teksi』のきっかけになったのです。

起業と人との出会い

起業はしたものの、スマホアプリと言う全く違う畑の彼にタクシー業界は冷たく、数ヶ月間はパートナーになってくれるドライバーは皆無でした。

その後、コンフォートタクシーの社長に出会い、「君のお祖父さんには、起業するときに融資をして貰った恩がある」と協力をしてくれたのです。
そこからの成長は早く、「乗客とドライバーの両方がMyTeksiのお客様」という彼のアプリは、ドライバーにも歓迎されたのです。

ドライバーは、乗客を拾いやすくなり、短い労働時間で以前の2~3倍稼げるように。
アプリでクレームを受け付け、悪質なドライバーは利用できなく改善する。

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実家が日系の製造業と言うことから、Anthonyは「カイゼン」「5S」「三現主義」に精通していました。自分も含めた社員は、数日ドライバーを経験します。

「現場を知らずに仕事はできない」

というAnthony。良い給料を貰っても”やりがい”を見出せずにいたAnthonyは、『My Teksi』によって

「社会の役に立てるこの仕事に本当にやりがいがある」と。

『My Teksi』は、クアラルンプールで始まり、マラッカ、ジョホールバル、スレンバンに拡大中。フィリピンでは既に「GrabTaxi」としてサービスを開始しています。

Anthonyは、マレーシアで最も注目されている若手経営者の一人です。

 

 

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